あまのゆかわたな くぐいほかく
天湯河板挙命 鵠捕獲
古事記/日本書紀




(左記写真は和泉鳥取やぐら・大屋根桝合左面)



● 天湯河板挙命 鵠捕獲(古事記/日本書紀)

垂仁天皇の大皇太子誉津別王は30歳になってもモノを言わなかった。垂仁23年10月、鵠(クグイ・白鳥の事)が空を飛ぶのを見て、皇子は初めて「これ何者ぞ?」と言った。これを聞いて天皇は大いに喜び、その鳥を獲えるように臣下に命じ、天湯河板挙が「臣が必ず獲えましょう」と言い、遠く出雲の国まで行ってこの鳥を捕え、そのために皇子はモノを言う様になり、天皇は天湯河板挙に鳥取造の姓を与え賞し、鳥取部と定めた。







和泉鳥取やぐら / 大屋根桝合左面



自然田上東組やぐら / 大屋根桝合後面