びっちゅうたかまつじょうのたたかい
備中高松城の戦い
別題:高松城水攻め
天正10年/1582年4月15日-6月4日





(大西町やぐら・大屋根縁葛正面)



備中高松城の戦い(天正10年/1582年4月15日-6月4日・羽柴秀吉 vs 清水宗治)

天正10年/1582年4月15日、織田信長の命を受けた羽柴秀吉(後の豊臣秀吉)は毛利氏配下の清水宗治が守備する備中国高松城(岡山市北区高松)を攻略するが敗退。低湿地にある沼城という立地条件を逆手に利用し堤防を築き、高松城は孤島と化してしまった。いわゆる「高松城水攻め」である。その様な中、本能寺の変が起こり織田信長が亡くなる。その報を聞いた羽柴秀吉はただちに毛利方と和睦を結んで清水宗治の切腹を見届けた後、明智光秀を討つために軍を京へ引き返した。いわゆる「中国大返し」である。



◎ 岡山県岡山市高松付近の地図


300万広域図 (潟Aルプス社 "プロアトラスSV"より) ※ 上図をクリックすると拡大します。



25万広域図 (潟Aルプス社 "プロアトラスSV"より) ※ 上図をクリックすると拡大します。







大西町やぐら / 大屋根縁葛正面



北野やぐら / 大屋根桝合左面