きぬかわのたたかい
衣川の戦い
文治5年/1189年4月30日・藤原泰衡 vs 源義経




(上記写真は自然田上東組やぐら・小屋根幕板左面)



衣川の戦い(文治5年/1189年4月30日・藤原泰衡 vs 源義経)

文治3年/1187年、藤原秀衡を頼りに奥州・平泉に逃げ込んだ源義経だったが同年、藤原秀衡が病死。藤原秀衡の息子・藤原泰衡が後を継ぐが源頼朝からの再三の圧力に屈し「源義経を大将として奥州を治めよ」との父・藤原秀衡の遺言を破り文治5年/1189年4月30日、衣川の館の源義経を襲い、衣川の館を囲まれた源義経は一切戦う事なく持仏堂にて妻子を殺し自らも自害した。この時源義経は白龍となって天に舞い上がったと伝えられている。

また源義経の家来であった武蔵坊弁慶は、源義経を守るために薙刀を振るって戦うが雨の様な敵方の矢を受けて立ったまま死んだとされ「弁慶の立往生」と後世に語り継がれている。



◎ 岩手県西磐井郡平泉町平泉付近の地図


300万広域図(潟Aルプス社 "プロアトラスSV"より)   ※ 上図をクリックすると拡大します。



25万広域図(潟Aルプス社 "プロアトラスSV"より)   ※ 上図をクリックすると拡大します。






自然田上東組やぐら / 小屋根幕板左面