てんのうじ・おかやまのたたかい
天王寺・岡山の戦い
慶長20年/1615年5月7日





(大西町やぐら・小屋根幕板右面)



天王寺・岡山の戦い(慶長20年/1615年5月7日・徳川家康・徳川秀忠 vs
                                        豊臣秀頼・真田幸村)

1615年/慶長20年5月7日未明、最後の決戦のため豊臣軍は大坂城を出発。一方幕府軍は夜明け頃、天王寺口と岡山口から大坂城へ向け進軍を開始した。豊臣方の真田幸村は茶臼山に布陣、突撃を繰り返し遂に後方の徳川家康の本陣に駆け込み、徳川家康自身も騎馬で逃走した。しかし真田幸村も数度の突撃で傷付き四天王寺付近の安居神社で討ち死する。しかし豊臣軍の損害も決して少なくなく、数で勝る幕府方は陣を立て直して豊臣方を側面から攻め立て始め最後には豊臣方が敗北。大坂城が陥落し豊臣秀頼は淀殿らとともに自害、豊臣家は滅亡した。



◎ 大阪府大坂市天王寺区茶臼山町付近の地図


300万広域図 (潟Aルプス社 "プロアトラスSV"より) ※ 上図をクリックすると拡大します。



25万広域図 (潟Aルプス社 "プロアトラスSV"より) ※ 上図をクリックすると拡大します。







大西町やぐら / 小屋根幕板右面



大苗代やぐら / 大屋根幕板左面



岡田北組やぐら / 小屋根幕板右面



北野やぐら / 大屋根板勾欄正面右