- 彫物画廊 feat. 陸宮本 #.12 -
- 2017/4/1 -






前回に引き続き「彫物画廊」と題して陸宮本の彫物を御紹介します。今日は大屋根欄間右面の題材である「宇治川 先陣争い」を御紹介します。その前にまずは「宇治川の戦い」の題材について。



宇治川の戦い(寿永3年/1184年1月20日・源範頼・源義経 vs 源義仲)

寿永3年/1184年1月20日、後白河法皇から源義仲討伐を命じられた源頼朝は、弟の源範頼・源義経の大軍を派兵した。源義経は京に居座る源義仲を追討するため宇治川に迫った。一方、源範頼は瀬田(勢多)から京を目指し源義経は宇治川を北上して直接京に攻め入ろうとした。平等院から宇治川を渡ろうとする源義経軍に対して宇治橋を中心とする源義仲勢との間で激戦が展開された。

その時、源義経方の佐々木高綱と梶原景季が源頼朝から与えられた白い名馬「生月(イケズキ)」と黒い名馬「磨墨(スルスミ)」で進軍、平等院から宇治川に至った二人、当初は梶原景季が先を進んでいたが佐々木高綱が「馬の腹帯がゆるんでいる」と声をかけ、梶原景季が腹帯を締め直している間に佐々木高綱が先陣を名乗ったという。いわゆる「宇治川の先陣争い」である。

結局、源義経軍は源義仲勢を打破って都に進撃、源義経は後白河法皇の守護に成功。それを見た源義仲は瀬田へ逃げるが粟津ヶ原合戦で討死する。



彫物画廊 feat. 陸宮本 #.12 (彫物画廊通算 #.248)
   彫物題材:宇治川 先陣争い / 大屋根欄間右面