- 地車談話 feat. 和泉鳥取の歴史 -
- 2012/12/2 -






地車談話 feat. 和泉鳥取の歴史

やぐらを知る前に新家がいつできたかを知ってなければやぐらを解説できないのでまず何故新家ができたかと言えば、和歌山から3人の方、中田さん???、三澤さん、土生長左エ門さんと言う方が来られて100年越える前に新家ができました。その時はやぐらどころか何もありませんでした。今で言う農業、漁業ばかりでやぐらを買う訳にもいかず、その当時は18軒しかなかったそうです。当時は新家と呼ばずに山中口と言う所でした。

何故新家と山中が1つのグループになっているかと言うと今申しました様に3人がいつまでも協力し合おうという話し合いのもとから、新家と山中がグループになりました。では何故中村(鳥取中)が来てるのか、それは石田と桑畑、下出と黒田、で、中村が宙に浮いてしまったので新家の方に一緒に入れてくれと中村から要請があり、やぐらも新家も中村も一緒に曳くのです。

このやぐらは100年以上経ちますが、やぐらが欲しいと言う話でしたがやぐらを買いに行く金がない。で、何とかしようと言う話から金熊寺にやぐらが1つあると言う話から買いに行こうと言う話になり、4,5人連れてそこへ行ったそうです。金熊寺の人にお金はないが何とか分けて欲しいと言ったらその時、金熊寺の人がウチも2台もやぐらあっても難なんで持って行ってイイと言われ、その時はわずかな金を御礼として持って行ったそうです。しかし4人で行ってやぐらを曳っぱるにも動かない、そこで帰って牛を連れて金熊寺まで行ったそうです。