
地車研究 feat. 推敲 やぐらについての概要W
- 2023/7/9 -

| 親サイト内「やぐらについての概要」を最後に編集したのが10年以上前になります。内容は下記8項目、そこで改めて「地車研究」と題して各項目を【推敲】しようと思います。 T.祇園祭について U.岸和田祭について V.やぐらについて W.阪南市のやぐらについて X.祭禮日程について Y.波太神社宮入について Z.御神輿について [.阪南市やぐらパレードについて 今回は「W.阪南市のやぐらについて」を推敲します。 |
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| 波太神社には阪南市のやぐらについての文献があり昔は旧暦の2月と6月の丑の日に祭りを行っていたので「丑祭り」と称し、旧暦2月の初丑には貝掛の指出森神社へ神輿渡御があり、その際に貝掛から甲冑姿の武者が出迎える慣わしがありました。 一方、旧暦6月の祭りには波太神社にやぐらを曳き入れ五穀豊穣を祝いながらやぐらを曳いていたそうで「石田の血祭り」「喧嘩祭り」と言われたそうです。大昔の波太神社の祭礼は祭礼日前日にやぐらが波太神社の境内に一同に集まり夜通し祝い、日付が変わると宮入りして神様をやぐら内部に迎え入れ、村に持ち帰ってから祝う祭りだったそうです。しかし夜に行っていた荒々しい喧嘩や死人の絶えなかった祭りは藩から祭礼日改正を求められ、秋祭りとして五穀豊穣を祝う昼中心の祭りに変更されました。変更されても祭礼の始まりは宮入りで、宮入りをして神様を地区に迎え入れてからでないと地区内での曳行はできませんでした。現在でも宮入りが遅いと曳き出し時間を遅らせる地区があるのはこの名残があるためです。 さて現在は後宮に行っている御輿渡御は、本来は旧暦2月に行われていましたが年に二度も大きな祭礼があるのは具合が悪いと藩から祭礼日改定の達しが出、やぐらの曳行の次の日に行うこととなりました。でも遅い時間に宮入りするやぐらの地区もあり、また御輿の渡御に係わる地区もあることで、1日目だけでは地区内でのやぐらの曳行が十分にできない場合があるので、また近隣の地区はだんじりを2日間曳いていることもあり2日目にもやぐらの曳行をするようになりました。 波太神社は神輿渡御が例大祭であり1日目を「宵宮」、2日目を「本宮」と呼びますがやぐら曳行を中心と考えると1日目が「本宮」、2日目が「後宮」と呼ばれます。 やぐらの数もかつては40台から50台ありましたが、大正時代には20台余り、昭和5年21台、昭和33年には18台と減少しました。しかしながら昭和61年に下出が復活、平成8年に相生町も復活して今では阪南市内20台のやぐらが曳行されています。 |