- 地車研究 feat. 戦後八十年 -
- 2025/8/17 -






一昨日8月15日金曜日、昭和20年/1945年8月15日の終戦記念日から戦後80年の節目を迎えました。私たちが祭りを楽しめるのも平和があってこそ。年初に「昭和100年」を記念し昭和時代新調のやぐらを御紹介しましたが改めて戦前戦後にスポットを当て「地車研究」と題して少しコラム的(個人的な分析・意見が含まれている記事)な書き込みをしようと思います。

まずやぐら界では昭和12年,13年新調の馬場を最後にやぐら新調が途絶えました。そして昭和23年頃に市場(先々代)、昭和26年に獅子講がやぐらを新調しました。この空白の10年間はまさに第二次世界大戦真っ只中でやぐら云々ではない時代です。ちなみになぜか獅子講のやぐら新調以降、昭和61年の下出(先代)まで35年間、やぐらは新調されませんでした。



▲ 先々代・市場のやぐら(昭和23年頃新調)



▲ 獅子講のやぐら(昭和26年新調)



一方、岸和田旧市では中之濱町が昭和20年7月9日、戦火によりだんじりを失いました。長老たちは「戦地で戦う若者に申し訳ない」と嘆き戦後の生活が苦しい中、各戸あたり日掛け10円を2年間積み立て昭和26年に当代だんじりを新調したと伝わります。昭和26年の10円と言えば現在の300円前後、月9,000円前後と結構な金額になります。

他町でも昭和15年/1940年の岸和田市・大手町、岸和田市・春木宮川町、岸和田市・山直中町が新調して以降、昭和22年/1947年の岸和田市・八坂町、貝塚市・先代堀(現:貝塚市・脇濱)と第二次世界大戦中は当然ながらだんじりは新調されませんでした。



▲ 岸和田市・中之濱町のだんじり(昭和26年新調)



市場や獅子講も岸和田市・中之濱町と同様の苦労を重ねてやぐらを新調したと推測されます。改めて市場・獅子講の先人達に敬意を表したい。ただ残念ながら市場(先々代)は現存しませんが獅子講は今でも現役で活躍しています。先人達が戦後混乱期の生活苦の中で新調したやぐら、獅子講のやぐらは本当に素晴らしいやぐらだと改めて再認識させられました。

私は戦後生まれなので戦時中の苦しみは経験していませんが私の祖父は兵隊として戦地に赴いたと聞いた事があります。このコラムを書き込みながら戦争って意外と身近にあるんだなぁって感じました。現在もウクライナやイスラエル・ガザで戦争が繰り返されています。一方、被団協(日本原水爆被害者団体協議会)が昨年、ノーベル平和賞を受賞し平和、そして核兵器廃絶の重要性を世界が共有したと感じます。私たちが祭りを楽しめるのも平和があってこそ、月並みな締めくぐりですが戦争と言う過ちは二度と繰り返してはいけないと改めて思いました。そして間もなく、阪南市内にも提燈が飾られ祭りモード一色になります。平和あっての祭りです。



昭和時代新調やぐらの略年表
・昭和3年頃/1928年頃 − 先代・岡本(先代・新家の宮)
・昭和6年/1931年 − 貝掛
・昭和6年頃/1931年頃 − 先代・岡中
・昭和7年頃/1932年頃 − 先代・牧野
・昭和7年か11年/1932年か1936年 − 先代・大苗代
・昭和9年か12年/1934年か1937年 − 金熊寺(先代・北野)
・昭和10年頃/1935年頃 − 童子畑(先代・鳥取中→先代・男里南組)
・昭和11年/1936年 − 岡本(先代・尾崎宮本町)
・昭和12年,13年/1937年,1938年 − 馬場
・昭和23年頃/1948年 − 先々代・市場
・昭和26年/1951年 − 獅子講
・昭和61年/1986年 − 深日一号(先代・下出)
・昭和63年/1988年 − 箱作西